中国式四柱推命って、日本の四柱推命と違うんですか?どのくらい当たるのでしょうか?

中国式四柱推命と、日本式四柱推命の違い
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日本式四柱推命と、中国式四柱推命の違いって、何?どう違うの?そんな疑問を持つ方もいらっしゃることでしょう。この記事では「四柱推命歴20年のオジサン」なりの見解を述べたいと思います。あくまでも私個人の見解、意見です。

 

そもそも四柱推命って、いつ、どこ(国)で誰が作ったのか?を説明しないと話が進まないね

今回の記事のテーマである、「中国の四柱推命と、日本の四柱推命の違いって何なんでしょう?」という話をする前に、「四柱推命って、いつ、どこで誰が作ったのか」を説明します。Wikipediaで「四柱推命」を確認すると下記のようです。私も、この考え方に異論はありません。この流れが「四柱推命の最初の頃」の流れです。

1100年代、南宋の徐居易(徐子平)の書が文献考証的に四柱推命の最古となるため、徐子平が命学の祖といわれている(一説には、命理の始まりは、戦国時代(紀元前400年~ 200年頃)の蘭台御史(天子の秘書官)の珞琭子であるとされている。続いて1200年代に徐大升により淵海子平(えんかいしへい)という書が著され、1368年頃、明の軍師・政治家であった劉基(劉伯温)が滴天髄(てきてんずい)という書を著したとされている。

四柱推命 創始の流れ 四柱推命理論確立に関わった3人のレジェンド

●1100年代に徐子平(じょしへい)さんが、子平(日本で言う四柱推命)の大枠、理論を作り上げた。

 

●1200年代に徐大升さんが、淵海子平(えんかいしへい)という本を著した。
※1800年代前半に、ようやく日本に初めて伝わった四柱推命が、「淵海子平(えんかいしへい)」という、四柱推命の原書です。日本は中国に遅れること、およそ700年後、四柱推命の歴史がようやく始まりました。日本の四柱推命の歴史が始まったのは1800年前半からです。

1800年前半に中国から伝来した、「淵海子平(えんかいしへい)」という四柱推命の原書を、中国語はわかるが四柱推命を全く知らない桜田虎門(さくらだこもん)さんという方が、日本語に訳しました(誤った訳が少なくなかったと言われています)。その訳書のタイトルは推命書(すいめいしょ)です。この出来事が日本での四柱推命の始まりであり、空亡、十二運、神殺、通変吉凶の、いわゆる日本式四柱推命の始まりです。この淵海子平(えんかいしへい)という書は、四柱推命関係者、専門家の間では評価は高くないです(高評価をしている関係者も少数ながらいます)。

 

●1368年頃、明代の軍師である「劉伯温(りゅうはくおん)さん」が、滴天髄(てきてんずい)という本を著しました。この滴天髄(てきてんずい)は「四柱推命における聖書(バイブル)」と名高い書です

 

※この3人の方々は、前者が構築した理論の不備などを補いつつ、さらに洗練された理論を構築していきました。

 

四柱推命界のレジェンドと言える方は、前述の通り、「徐子平(じょしへい)さん」、「徐大升さん」、「劉伯温(りゅうはくおん)さん」の3人です(皆さん中国人です)。この偉大な3人が、「四柱推命を完成させた(形にした)」と言えるでしょう。四柱推命界の大御所、いやいや神様です。1100年頃の徐子平さんにより、四柱推命の大まかな大枠が形として成り立ちました。そのあとに、徐大升さんなりの理論構築があったものと思います。そして最終的に劉伯温さんが滴天髄を出して、「現代でも燦然(さんぜん)と輝く四柱推命理論」を確立させたと言えます。

 

私も含めて、現代のプロの四柱推命家の多くは、劉伯温さんの滴天髄にお世話になりっぱなしです。とにかく、劉伯温さんは「スゴイ人」としか言いようがありません(四柱推命をまともにやっている方はわかっていること)。

 

滴天髄(てきてんずい)の原文(中国語)は、中国語がわからない方にはチンプンカンプンなのは当然ですが(私も原文はわかりません)、訳書(日本語で訳した書)なら、私の感想としては、そこまでやたら難しくないです(滴天髄の訳書でも難しいという声をチラホラ聞くので)。その滴天髄の訳書に色々とわかりやすい注釈や、現代風な解釈が付いてる親切な書もあるので、皆さんもぜひとも、滴天髄の訳書にチャレンジしてみてください。失礼ながら、「四柱推命のプロ」と名乗るのであれば、滴天髄に書いている理論を、少しでもいいから知っておくべきです(知った上で、あえて用いないのはご自由です)。

 

日本式四柱推命の定義、中国式四柱推命の定義は、人それぞれである

ネット上で目にする、「日本式四柱推命」、「中国式四柱推命」という用語ですが、この用語の定義も人それぞれ、見解が微妙に違います。

日本式四柱推命、中国式四柱推命の定義は完全に統一されていない」ということを、あらかじめ認識した上で、これらの用語に触れたほうがいいです。では、「定義の微妙な違い」を私なりに説明してみます。私が今までに見聞きした考え方を1つ1つお伝えします。

 

日本式四柱推命、中国式四柱推命の定義 1 「空亡、十二運、通変星吉凶、神殺を使うか、使わないか」で区別する考え方

この定義は、「空亡、十二運、通変星吉凶(劫財、傷官、偏印は良くない、正財、正官、印授は良い)、神殺(天徳貴人は良いなど)」を使用するものが日本式四柱推命。

 

そして、それらを一切使わず、格局、喜神、忌神(その他、用神など)を使用するのが中国式四柱推命という区別の仕方です。

 

私自身も「このような区別」を意識して、中国式四柱推命と銘打って仕事をしています。また、プラスアルファで、「私の行う四柱推命の創始者は中国人」という点も加わります。この区別の仕方なら、「その四柱推命が、どのような技術、技法を用いているか」を即座に大まかに判断できます。この区別の仕方が、世間において「最も一般的(認識している方が多い)」ではと思います。日本式の四柱推命(空亡、十二運、神殺推命)に満足できないお客様の「受け皿」と言いますか、「これが本来の四柱推命ですよ」という呼ばれ方をすることが少なくありません。精度もそれなりにあります。

 

日本で広まる四柱推命流派の中で、「泰山流(たいざんりゅう)」というものがあります。故阿部泰山先生の流派です。この流派のことは詳しくないのですが、私が見た限り、泰山流と標ぼうしている方の中でも、「空亡、十二運、通変星吉凶、神殺」を扱う方と、一切扱わず、調候用神法(窮通宝鑑)や十干の特性などを駆使する方がいます。同じ流派でもかなり分派というか、枝分かれしている印象があります。中には「泰山流を名乗る資格の無い人物」も紛れているなど、ネットの記事で見聞きします(部外者の私では、なんとも真相はわからないです)。こうなると、同じ泰山流でも、「日本式四柱推命」に分類される方もいれば、日本式四柱推命とは言えない四柱推命(中国式に近いもの)をされている方もいるとなります。あくまでも私なりの説明、認識なので、不十分な点はどうかご了承ください。泰山流の先生方は、「泰山流は泰山流であり、どこの流派とも違う(日本式四柱推命とか、中国式などで分類されたくない)」と思ってらっしゃるかもしれません(私はその考えを尊重いたします)。

 

日本式四柱推命、中国式四柱推命の定義 2 「創始者が日本人か、中国人か」で区別する考え方

この考え方は、その流派の創始者が「どこの国の人間か?」で区別する方法です。日本人の方が創始者なら日本式四柱推命、中国人の方が創始者なら、中国式四柱推命。アメリカ人の方が創始者ならアメリカ式四柱推命となります。この区別の仕方はシンプルですが注意点があります。

 

仮にですが、中国人の方が、「空亡、十二運、通変星吉凶(劫財、傷官、偏印は良くない、正財、正官、印授は良い)、神殺(天徳貴人は良いなど)」の考え方で四柱推命流派を立ち上げた場合も、「中国式四柱推命」となります。

 

弊社では「空亡、十二運、通変星吉凶、神殺を用いない中国式四柱推命」として活動していますが、それと全く相反する四柱推命でも「中国式四柱推命」と標ぼうしている場合、一般のお客様はワケが分からず混乱されるかもしれません。

 

日本式四柱推命、中国式四柱推命の定義 3 「その流派の代表的な人物が、長期間、主として活動した国がどこか?」で区別する考え方

このような区別の仕方をされている方もネット上ではいらっしゃいます。私も最近、この主張を知りました。例えば、弊社で採用している中国式四柱推命は、中国発祥であります。その流派の何代目かの先生が昭和中期に、この「中国式の四柱推命」を日本に持ち込み、とある日本人の先生とタッグを組んで日本に広めました。その日本での活動期間は50年ぐらいになるでしょう。

 

日本にて、数十年もの長きにわたり活動していたので、この中国式四柱推命を、「日本式四柱推命」というカテゴリーに入れるということらしいです。最初、その考えを知った時、「なんか釈然としないな」とは思いましたが、今では、「そのようなカテゴリー分けもアリかな」と少しは思ってます。確かに現在、日本において、この流派(中国式の四柱推命)は少しずつ愛好者、ファンが増えてきていると思いますので、日本式四柱推命の区分に入れても良いかなとも思いますが、私は完全に賛同はしていません(笑)。

 

続く・・・

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