四柱推命に夢中だった20代独身男性

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私(武田)は現在、49歳。四柱推命(しちゅうすいめい)との初遭遇が23歳頃だったから、それから26年が経過したということです。飽きないですね。四柱推命は飽きないです。面白い。楽しい。魅力的です。本業の仕事として四柱推命を扱い始めて18年目になりますが、とにかく飽きない。飽きが来ない。四柱推命が難しいとか全く思いません。

 

時間を巻き戻そう・・・・記憶を呼び覚まそう。23歳の頃、私は独身で無職で貯金はゼロ円だった。私は朝から市内の図書館にいた。「四柱推命の本」が無いか探し回っていた。静けさ漂う館内にて色々な書棚を見て回った。「無いな~」と思いつつ、ありとあらゆる書棚を見て回ったが見つからない。四柱推命の本が1冊も無い。

 

「四柱推命って世間的にマイナーなものなのか?」と思いつつ、諦めきれずに館内の隅々まで探し回っていた。当時は無職だったので時間の余裕はたっぷりある。とにかく気の済むまで探すつもりだった。ふと、館内の一角にあるコーナーに立ち入った。高級そうな分厚い本ばかり並んでいるコーナーだった。

 

「ここには無いよな。一応、探してみよう」と少し背の高い書棚を見て回っていると、「四柱推命」という単語が載っている、かなり分厚い本を見つけた。百科事典のような装いの本だった。「あった!あった!」と心の中で喜びを噛みしめながら、その書を書棚から持ち出し、近くのデスクに置いて少し硬めの表紙をめくった。中には私が所有する四柱推命の書に書いてる内容と同一の用語の意味などが詳しく書かれていた。全く知らない四柱推命用語なども沢山書かれていた。「この本、借りたいな」と思ったが、残念ながら貸出禁止の本であった。

 

静かな館内にて、空腹を感じながら、一通り、事典のような書を読みふけった。1時間くらい読んだだろうか。「お腹すいたな」と思いつつ、他に何か書は無いか?と探し回る。そこで、とある大きな豪華な書を発見する。宮崎のちょっと著名な人物についての名鑑であった。その書には、その人物らの生年月日と職業などが記載してあった。私は喜び勇んで、その生年月日と職業を片っ端からノートに書き写しては帰宅して、そのノートの生年月日から命式を出す作業を何度も繰り返した。

 

50人ほどの生年月日をノートに書いては家に帰り、命式を出す。職業と命式の関連性を見出しては「なるほどね」と頷いていた。そして再び図書館に向かい、名鑑から生年月日を50人ほどノートに書き写して家に帰って命式を出す。この繰り返しをしばらくの間、続けた。

 

この頃は楽しかった。本当に楽しかった。無職の身分で呑気なものである。1000人分くらい、宮崎のちょっとした人物の命式を出したところで、この作業はやめた。「大体の傾向は分かった」と思えたからである。

 

当時、四柱推命歴は6か月ごろでした。その頃から四柱推命のプロを志望していた?いえ、ぜんぜん考えていませんでした。プロになりたくて四柱推命を勉強していたのではありません。「四柱推命が面白いと感じて、あれこれやってただけ」です。ただの占いにしては何だか「当たる」と初心者ながらに感じていました。

 

図書館通いをやめた私は、所有していた1冊の四柱推命本を頼りに家族や芸能人など、生年月日が少しでも分かる人の命式を出しまくった。地元の書店で購入した芸能人名鑑なるものから、自身の知っている芸能人限定で生年月日を確認しては命式を出しまくった。当時、「四柱推命を学んでいる」とか、「四柱推命の勉強をしている」という自覚は一切無かった。ただただ、「人の命式を見てみたい」という欲求からくる行動だった。

 

誰にも「しなさい」と指示されてない、誰にも教えてない1人だけでこっそりと、そして嬉々と興じる秘密の作業。当時(23歳)の私が人生で初めて、誰からの影響も一切受けずに自身で選んだ、やりたいことが、「生年月日から四柱推命の命式を出すこと」だった。気が付いたら四柱推命と共に生きる人生が始まっていた。当時、私は不思議に感じていた。

 

何で、みんな、この四柱推命というスゴイものをやらないのだろう?飲み屋で散財したりパチンコとかやるより、よほど実になって楽しいと思うんだけど。なぜ国は、学校で四柱推命を教えないのだろう?こんな大事なものこそ学校で教えるべきだ。生物とか物理とか数学とか、わけの分からないものを教えられた時間は本当に無駄だったな(高校時代、それらの科目が苦手だった)。

 

「四柱推命はただの占いとは明らかに違う。不思議だけど、なぜかよく当たる」と感じていた。23歳当時の私は三柱推命(さんちゅうすいめい)を主に行っていた。時干支(じえと)が分からないままに、3つの干支を出して、そこから通変星を出して、その方の性格などを見ていた。それでも「なんだか当たるな」と思わせるものが確かに存在した。当時は大運(たいうん)や年運(ねんうん)の重要性を全く理解してなかったし、どうやって見ればいいかも分からなかった。それでも四柱推命に対して、猛烈にのめり込んでいた。

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